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zoom RSS 会津若松美容室 N・ポートマン、迷走の女優人生

<<   作成日時 : 2011/07/04 10:27   >>

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キャリアを欲張るオスカー女優ナタリー・ポートマンに「黒鳥」がもたらす不吉な予感

ネーサン・ヘラー

 いよいよ、目が離せないヤマ場に突入しそう。その前に、コーラとポップコーンを買ってこなくちゃ──。超大作映画を地上波のテレビで見るように女優ナタリー・ポートマンのキャリアを見てきた人たちは、最近こんなふうに感じているかもしれない。

 1月には、セックスだけの関係を求める研修医役を演じた初のラブコメ主演作『抱きたいカンケイ』が全米公開された。2月には、完璧主義者のバレリーナを演じた芸術路線の問題作『ブラック・スワン』でアカデミー賞主演女優賞を受賞。この作品で共演したフランス人ダンサー、バンジャマン・ミルピエとの婚約と妊娠も発表している。

 ハリウッドでは今さら驚くような展開ではないが、ポートマンとなると話は別だ。90年代に子役でデビューして以来、謎めいた雰囲気に包まれてきた彼女に、大きな転機が訪れようとしているのかもしれない。

 ポートマンは、ハリウッドのセレブとしては異彩を放つ存在だ。ハーバード大学卒業という輝かしい学歴やマルチな活躍が特別なわけではない。映画スターが一流大学に通ったり、いくつもの分野で活動すること自体は別に珍しくない。

 異色なのは、どういうキャリアを目指しているのかがはっきり見えない点だ。05年にカンヌ国際映画祭に出席した際は、ハリウッド超大作の『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』と、イスラエルとヨルダンで撮影された超低予算のバイリンガル映画『フリー・ゾーン〜明日が見える場所〜』という対照的な2作品のプロモーションに精を出した。

 ファンに対して見せる趣味や関心、キャラクターも、いかにもセレブという浮ついたイメージと、芸術家的なきまじめなイメージが交ざり合っている。

 ここに、ポートマンのキャリアを理解する鍵がある。オードリー・ヘプバーンを思わせる古風な魅力を持つ女優とよく評されるが、ポートマンほど今という時代を反映したスターは珍しい。キャリアが一貫しないように見えるのは、今の若い世代が広く共有する「定まらない野心」の表れだ。

■『レオン』路線からの転向

 デビュー当時からポートマンのキャリアは、互いに矛盾する2つの野心に牽引されてきた。1つは、真摯に芸術的な創造に打ち込みたいという野心。もう1つは、いろいろな活動を経験したいという野心だ。

 ポートマンはイスラエルで生まれて、アメリカ東海岸で育った。中学に上がる直前、ニューヨーク州ロングアイランドのピザ店で化粧品大手レブロンのモデルにスカウトされる。

 初めて主役級の役を手にしたのは、11歳のとき。何度ものオーディションを突破して、リュック・ベッソン監督の映画『レオン』(94年)でジャン・レノの相手役に抜擢されたのだ。演じたのは、家族を皆殺しにされた12歳の少女マチルダ。レノ演じる中年の殺し屋の愛情を得ようとする。

『レオン』は役者の演技をじっくり見せるタイプの映画で、ベッソンらしい一風変わった作品だった。ポートマンはこれで一躍脚光を浴びた。しかし当時のイメージは今とまるで違っていて、華やかさには程遠く、ぎこちなくて、どこか男の子っぽい印象だった。

 この路線は長続きしなかった。一部の人に『レオン』が児童ポルノ的な印象を与えたこともあって、「善」のイメージを打ち出そうとし始めたのだ。

 90年代のアメリカ社会で最も分かりやすい「善」と言えば、成功を収めること。テレビのトーク番組に出演して、輝かしい学業成績をしきりにアピールした。出演作を選ぶ際には、既に権力を手にしている人物や、上昇志向の強いまじめな人物の役を次第に好むようになった。

 99年、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』にアミダラ女王役で出演。堅苦しく冷たい役で、血の通っていない巨大な置物のような印象を与えた。同じ年の後半に『地上より何処かで』が公開された頃には、「堅苦しく冷たい」というのがスクリーン上でのポートマンのイメージとして定着してしまった。

『地上より何処かで』は、ポートマン演じる娘アンが能天気な母親と別れて、名門ブラウン大学に入学するために飛行機で旅立つ場面で終わる。この映画がアメリカで公開された頃、実生活のポートマンも俳優を一時休業して、心理学を学ぶためにハーバード大学に進学した。

 こうして、マルチな才能を持つ勉強の虫というイメージが加わる。ハーバードでは、若き映画スターのキャンパスライフというより、万一のときに備えて複数の分野を掛け持ちする努力家の学生のような日々を送った。

 視覚イメージの実験と乳児の前頭葉の活動に関する実験を手伝った。詩人のジョリー・グレアムが指導する詩のワークショップにも参加。ゼミ論文が評価されて、弁護士としても有名なアラン・ダーショウィッツ教授の研究室で助手も務めた。

■褒められ好きの優等生?

 映画スターが箔を付けるために、学業に真剣に取り組むポーズを取っていたのか。それともセレブとしての衣の下に、芸術的・知的野心を隠していたとみるべきなのか。

 謎は解消するどころか、ますます深まっていった。ポートマンは近年、さまざまなインディーズ系の映画に出演し、映画の脚本と監督も手掛け、小説の執筆にも興味を示している。

 『Vフォー・ヴェンデッタ』(06年)では髪を剃ってスキンヘッドにし、『クローサー』(04年)ではセクシーなポールダンスを披露して話題になった。インディーズ系映画に積極的に出演するという芸術路線の延長線で捉えれば、スキンヘッドやポールダンスは、自分の既存のイメージを壊してでも作品の質を高めようとする態度と解釈できるかもしれない。

 しかし見方を変えれば、芸術家肌の自分をアピールするための安易な過剰演技にも見える。優等生タイプの若者が褒められたくて必死になっている証拠と言えなくもない。

 ハーバードを卒業した後は、エルサレムのヘブライ大学に一時留学。野生動物の研究と保護に取り組むジェーン・グドール・インスティテュートに寄付をし、子供の頃から菜食主義を貫いている。途上国でのマイクロファイナンス(貧困者を対象とした小口融資)の必要性を訴えて、講演活動も行っている。

『クローサー』で初めてアカデミー賞(助演女優賞)にノミネートされたときは、「私はまだすごくない」と述べた。では、ポートマンが考える「すごい」とはどういうことなのか。

 ポートマン自身の発言をたどっても、この問いの答えはなかなか見えてこない。

 05年には、美容雑誌アリュアーのインタビューで、公民権運動指導者W・E・B・デュボイスの「二重意識」という言葉を用い、アフリカ系アメリカ人の境遇とセレブとしての自分の境遇を重ね合わせるかのような発言をした。この発言はアフリカ系アメリカ人の苦しみを軽んじたものであると反発を買い、謝罪と釈明を行った。

 発言内容の妥当性はさておいても、美容雑誌のインタビューでそんな難解な言葉を口にすること自体が不可解だ。頭脳派映画スターのイメージに磨きを掛けようとしたのかもしれない(ファッションの世界をまったく理解しておらず、発言の場違いさが分からなかっただけなのかもしれないが)。

 目指しているゴールがはっきりしないのは、ポートマンだけではない。同じ世代のエリート層に広く見られる傾向だ。

■同世代に共感される理由

 この世代の特徴は、内面の謎の激しい炎に突き動かされていくつものジャンルに手を出す半面、どれか1つの道を選べないことだ。同世代のアメリカ人がほかの映画スターよりポートマンに共感を覚えるとすれば、その理由はここにある。

 映画をヒットさせて商業的成功を手にすること、挑戦的な芸術映画に関わること、大学で学んだことを生かして社会貢献を行うこと──あらゆることを手掛けようとするが、どれにも全面的にのめり込まないところに、エリートの若者たちは自分との共通点を見てきた。ポートマンは従来の得てして破滅型の映画スターと一線を画し、新しい映画スター像をつくり出した。

 しかし最近遂げつつある変化により、若いエリート層に共感される映画スターという地位が脅かされかねない。ポートマンの本質は互いに矛盾する野心を2つ抱いていることにある。それなのに、高く評価された『ブラック・スワン』のバレリーナ役は、まじめな頑張り屋という1つの側面だけを際立たせた。

 それに、ポートマンは6月で30歳。近く母親になる。何より、オスカー女優という一生ものの勲章も手に入れた。

 こうした「大人」への変化は、本人とファンの両方にとって居心地悪い状態を生む可能性がある。同世代の若者たちは置き去りにされ、ポートマンは成功の大きな要因を失いかねない。

(ニューズウィーク日本版5月25日号掲載)

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